「食」とともに生きて26周年。

【Campfire】に送る文をざっと作ってみました。
たたき台みたいなかんじですから、長い。3分の1くらいまで推敲したいですね。
こんな想いで「食」と関わってきました(・ω<)
よかったらご一読ください。
これからもっと読みよくするので、そっちでも大丈夫です。笑

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わたしが栄養士の仕事を志した理由は「給食を一生食べていたかったから」
学校で楽しみな時間といえば、小学校でも、中学校でも給食!!
嫌いなさんすうも、つまらない英語があっても 給食があるから毎日学校に通えた。

私の「食べること」への想い。
わたしの家は専業農家で、冬には苺。夏にはトマトで生計を立てている。
幼い頃からお父さんもお母さんも 畑にいけばすぐに会えた。
朝昼晩、母の手料理と 採れたての野菜が並ぶ。
クリスマスケーキは、いつからか自家製苺を使ったショートケーキにかわり
そしていつの間にか、ショートケーキを作るのはわたしの役割になった。

そうして恵まれた食環境にかこまれた10代を過ごし、
20歳で上京、栄養士として給食委託会社で働き始める。
望んでいた給食を毎日食べられる環境になった。

高齢者施設、病院と、施設に入られた方のお食事のサポートをしてきたが
私が小学生の頃、給食にわくわくしていた頃の感覚とはだいぶ差があるように感じている。
「食べたいものが食べられない」という不満を抱える方が多かったのだ。(疾病、嚥下の問題により)

きっと、わたしたちの誰しもが
みんなで食べる給食のソフト麺なんかがテンションが上がる食事だったんじゃないだろうか。
贅沢といってもいいかも。

今や、私達の身の回りには美味しいものが溢れ
より美味しく、より贅沢に。と留まることを知らない 終わりのない競争をしている。
でも、贅沢であること 美味しいということが 心まで豊かにするかということは別問題だと思うのだ。

海を見ながら彼氏と食べるランチ
遠足のあとの、山頂で食べるおにぎり
お母さんがつくってくれるおはぎ

誰かを想って作るごはん
好きな人と囲むテーブル
気のおけない仲間と呑むお酒

お金がかかるわけじゃない、こんな他愛もない「食べる」行為のほうがもっとずっと
心を豊かにしてくれると思うのだ。

この世界には、お金がなくたって幸せに暮らす人々がいる。
その人達は、持ち物がより少ないほうが幸せに生きられるって教えてくれる。
南米の食卓はいつもお祭り騒ぎだというし

文化の数、家の数だけ食卓がある。

呼吸のように他の国の食文化を吸って、日本の食文化を吐く。

日本の食卓が、もっと明るく、もっと愛が集まる場所にするために。
世界に、日本の食文化の繊細さを伝えるために。

特別じゃないけど、特別な

そんな幸せな食文化をのぞきに行こうと、

管理栄養士 谷津由利恵は 世界一周に旅立つことを決意するのでした。

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2014-03-07 | Posted in ブログ, 旅準備No Comments » 

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