プノンペンのキリングフィールド

はじめに。

ポルポトについての記事を書きます。
これは30年前に実際に起きた話です。そして多くの人は、この場所に足を運ぶことは無いと思います。
だからこそ、行ってみた人の感想を読んで欲しいと思います。
遠くはない30年前、同じ民族が虐殺しあうという負の歴史を持つカンボジアについて。是非知って欲しいです。

一日に2箇所も行くつもりは無かったんだけど、

バイタクのおっちゃんが1日貸しきって12ドルでどうだ?と言ってきたのでお願いすることにした。

トゥクトゥク→屋根がある馬車みたいなもの
バイクタクシー→バイクのニケツ

そのころのプノンペンは一日に一回は雨が降る天気。やっぱり途中で雨が振ってしまって
バイタクを選んだことをひどく後悔した。(声かけられてそのまま承諾してしまった)

すごい砂埃のなか、都市部から15キロほど離れたキリング・フィールドへ到着。
キリング・フィールドはポルポト政権下の時の処刑場。カンボジア各地にある。
中でもプノンペンのここは、一番多くの人が処刑され 慰霊塔がある場所。
入場料と、日本語の解説をしてくれるイヤホンの貸出合わせて6ドル。

キリング・フィールド内を回るのは15分くらいだけど、解説を聞いて回ると2時間位かかる。

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この慰霊塔を出発して、一周して戻ってくるコース。

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このハンディで解説を聞く。※日本語対応が嬉しい。

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番号が振ってある箇所で、その解説を聞いていく。

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クメール・ルージュがプノンペン入して48時間の間に
住んでる人は全員田舎に送られて、農業に従事させられた。もちろんクメール・ルージュ行きの食べ物。
畑仕事も朝から晩まで。飲まず食わず。まずそこで病死・過労死
ノルマが課せられ、達成できないと拷問。ここでも死亡する人が。
「楽な所に移動させてあげる」と知識人たちを農村から連れ出し、拷問のすえ虐殺。
大人たちはほとんど殺された。
重宝されたのは子ども。彼らはまだ無知だから、クメール・ルージュの考え方を植え付け、
その通りに遂行するからだ。
こども看守・子ども医者がいたと。手術までやっていた。(もちろん死んじゃう。。)

また密告制度もあり、密告するまで拷問される、罪を認めるまで拷問。
拷問を受ける人はネズミ講方式に増えるから事欠かない。
楽になるため(死ぬため)に、みんなありもしない罪を認めていった。

ポルポト政権の3年の間、虐殺された人は 200万人。

最初は遺体を焼却していたけれど、虐殺される人はどんどん増えた。
燃やすことはやめた。
死ぬ前に自分が入る穴を掘らされて、その横で虐殺され 蹴落とされる人
農薬入りのゴハンを毎日食べさせて弱った所を穴に蹴落とされる人。
しまいには5m位の深さの穴に遺体をどんどん入れて、最後に腐敗臭を消すために農薬をかける。
それでも閉じた穴は、死体から出るガスのため土は盛り上がり 内部の様子が見えたという。

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一番死者が埋められていた場所。今は柵で囲われ回りにはミサンガが手向けられている。

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今は墓穴なんて感じさせないくらい緑が多くて、穏やかな場所。

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ところどころに衣類が。

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雨上がりには未だに土から骨が見つかる。

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クメール・ルージュの一員の反逆者は見せしめに首を切り落とされ
女性は全裸にされてから殺されて
赤ん坊でさえ大木に打ち付けて殺した しかも母親の隣で

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その木にもミサンガが沢山手向けられていた。

マジックツリー【菩提樹】にはスピーカーを括りつけ、クメール・ルージュの曲を大音量で流した。
悲鳴を消すために。回りの人から不審に思われないように。

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殺すときの道具はすべて農作業で使うもの。
かなづちや くわ。
それらで頭蓋骨を打ちぬく。
これも不審に思われないために。

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木の皮の鋭利な部分で、喉をかき切ったとも言われている。

みんなどこかに消えていく。
カンボジア人は、自分の番になるまではこんな虐殺が起こっているなんて知らなかったんだと思う。

この頃のカンボジアは完全な鎖国をしていて、他の国も気が付かなかった。

ベトナム軍がカンボジアに進軍して、この異様な事態が国際的に明るみになった。
これがたった30年前の話。
カンボジアの発展が遅れている理由。

一周して慰霊塔まで戻った。
お花を添えて、黙祷する。

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殺され方のよって分類されている。頭蓋骨が陥没してるのが見て取れる。

まだまだ、ここには遺体が眠っている。掘り返されていない墓穴、湖のそこに沈んでしまった墓穴があるが

あえて掘り起こさず、静かに眠ったままにしてあるそうだ。

重い足取りのまま、トゥールスレン博物館に向かった。
バイタクのおじさんはどんな気持ちで旅行者をキリング・フィールドに連れてきてるんだろう。
客引きのおじさんたちは いつもいつも
「キリング・フィールド!トゥールスレン!!アシタドコイク?!」
って、道を歩く度に声をかけてくる。
どういう神経してんのかなって嫌気がさしていた。
だけど
生きるために生きているってこういうことなんだと思った。

2014-07-11 | Posted in 04ヶ国目 カンボジアNo Comments » 

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