マレーシアでヒンドゥー教のお祭を見学させてもらった話

こんにちわ、マレーシア編最後の投稿を綴っていきたいと思いますー!

私がKLで宿泊していたホテルの「Raizzy’s Guesthouse

の隣にスリ・マハ・アリアマン寺院というヒンドゥー寺院がありました。

細かい装飾のこの寺院の門は通る人の目をひきつけます。

この日、部屋で休んでいると大音量でカラオケみたいな音が聞こえてくる、夜の7時くらい。
あまりのうるささに外に出てみると、隣の寺院のお祭だったよう。
門の外でぼやっと眺めていると、少女たちが中で曲に合わせて踊っていた。

さらにしばらく眺めていると、隣の靴屋のおじさんが「中で見ていけば」と声をかけてきた。
言葉はわからないけど、そんな趣旨だと思う。
ヒンドゥー教の寺院の中は土足厳禁なので、靴を脱ぎ、その隣の靴屋のおじさんに預かってもらう。
あとで知ったのだが、彼は寺院のとなりで勝手に靴の預かり所を作って、小銭を儲けているらしい。
てっきりFREEの預かり所かと思っていたので、帰り際に「40セント!」と言われた時は憤りを隠せなかった。笑
ちなみに、門の外に靴を脱いで放置しておけばそれはFREEである。

中に入り、お祭りを鑑賞。みんなインド人である。
インド人美人すぎる。。。
芸術品のように美しい。
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踊りは、このおじさんの舞しか見れなかった。
名づけて「ギザギザの舞」
だって、曲が「ギザギザギザギザ〜♪」って終始言っている。
おじさんの手と、足に鈴みたいなのがついていて、華麗に舞うごとにシャンシャン言う。
受け継がれている舞なのだろう。このギザギザが出し物のラストだったようで、その後はお経を唱える時間となった。

お経もあるし、楽器の演奏(主に長い笛のようなもの)もあり。
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私からしたら、もはや呪文にしか聞こえない。

日本のお坊さんと似た感じでしょうか。お経を延々唱えるけど、韻は踏んでいるし、音程の強弱もある。
その場にいる人たちは直立不動で、その呪文を感じている。
何度かお経が盛り上がる場面があり、人々は合わせた手を高く掲げ、そのまま深くお辞儀をする。
老若男女。あらゆる人が。
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途中、神の使いみたいなお兄さんが、ろうそくをもって回る。

その煙を、みんな頭に浴びていく。(日本にもある、寺の線香の煙を頭にかけると頭が良くなる的なもの?)
そのあとに、お酒のような液体を入れた盃を持って周り、人々はされらの少量を口に含んでいく。
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そして宴はクライマックスに。

今までのこの儀式を一心に受けていたのは、ここの神であるガネーシャ様。(ゾウのオブジェ)
この2体のガネーシャ様を神輿のように担いで、寺院内を一周する。
全員がそれに続く。ガネーシャ様のお散歩のようにも見える。
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一周回ると、ガネーシャ様をもとの位置に戻すと、一通りが終りとなり
寺院の横で、食事のサービスが始まった。
何食わぬ顔でその列に並びたかったけど、やめておきした。。
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感想は「圧倒」の一言。
私は宗教を、言葉で語るためのワードを持ちあわせていないと思った。
その人達の死生観や、信仰。
信仰は生活や習慣さえも律する。

なんとなく言葉で表せるとしたら
やっぱり人は死ぬのは怖いんだと思う。
どんな世界に行くのかわからないからこそ、自分たちで色んな死生観を作ってきたのだろう。
死後の世界がどうなっていて
そのためにどう生きようとか、こう信仰しようとか。
時代を超えて、人々は誰しにも訪れる「死」と向き合ってきたのだろう。

これからの旅でも、宗教を大切にしている国を訪れていくことになると思う。
理解よりも、感じること、誠意を持つこと。
そんなことを意識しながら、宗教を身近に感じていこうと思う。

2014-05-29 | Posted in 02ヶ国目 マレーシアNo Comments » 

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