アウシュビッツ強制収容所を訪ねて① まずは世界大戦の歴史を説明します!

リアルタイムはポーランド・クラクフ。
どうしても、見たものをそのままの想いで伝えたかったので、
2ヶ月分すっとばして、ポーランド編をお届けします!
全3回です。今日は1日目!
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はるばるホーランドのクラクフにやってきたのは、アウシュビッツを訪れるため。

ここには日本語ガイドの中谷さんという方がいらっしゃって、日本語の解説を聞くことができます。
(地球の歩き方にも出ています!!)

アウシュビッツといえば、学校の授業などで映像を見た人も多いかもしれません。
もちろん歴史は習っているはず。
ユダヤ人が大きなバックを持って、列車で運ばれ、長い長い列を作り、収容所に入っていく。
ナチスのヒトラーという独裁者がいて、彼らがユダヤ人の虐殺を行っていた。
という内容だろうと思います。

だから、旅に出る前のわたしの認識は、ユダヤ人(イスラエル人)は迫害を受けた歴史を持つかわいそうな民族。

でも実際に旅に出て、イスラエルにも行き、パレスチナにも行った今は、ユダヤ人の印象は大きく変わりました。
パレスチナ人がいた場所に国を作り、共存ではなく追い出す方針を取り 中東戦争は何度も起こり
60年経った今でも収束しないまま、パレスチナ人の弾圧は続くし、イスラエルは自国の自由を奪うものがいれば
躊躇なく戦争に入る準備ができている国。
男性だけじゃなく、女性も徴兵制があるのはイスラエルだけ。しかも3年も。

ニュースを見たり、世界情勢に詳しい方なら、上記のことは周知の事実だと思います。
つい5日ほど前にも、シナゴークでのテロが発生して、また状況が悪化しています。

じゃぁ今の一部の暴力的な人を含めたユダヤ人は悪なのか?パレスチナ人はただの被害者なのか?
ヒトラーが極悪なのか、その任務を遂行したドイツ人は鬼畜だったのか?

Yes ともNoとも言い切れない。

問題は非常に多面的で、複雑だと思います。

わたしはこの旅の中で、沢山の歴史を学んできました。
気になったことを、ほとんどネットで検索して読んでるだけなんですが。
その結果「アウシュビッツ強制収容所」単体でブログを書くことはできないと思っています。
できるけど、とっても薄っぺらいものしか書けなそうです。
歴史は複雑に絡み合っていて、今にも大きく影響している。
今の世界の成り立ちは、ほとんどこの大戦を基板にしていると感じているので
今までインプットした知識をアウトプットする意味を込めて世界大戦から文章を始めたいと思います。

これから世界に出て行く人が多くなれば、世界史を知っておくのは必須と感じます!ので、
高校の世界史で頭がストップしている人も、もう一度世界史に触れてもらって
今の世界情勢に興味を持ってもらえたら
わたしが世界を旅する意味もあるってものです!( ・´ー・`)ドヤッ

そんな長ったらしい説明読みたくないつД`)という方は、
ドイツは追い詰められていた!!というポイントを抑えてもらって、
明日更新のブログまでお待ちくださいー!笑

お付き合いいただける方は、読み進めてくださーい!
ドイツの歴史を追って見ていくと、わかりやすいと思います。

第一次世界大戦が起ったきっかけ
・サラエボ事件 なんでセルビア人の青年はオーストリア皇太子をねらったのか?
そこには領土争いが…
オーストラリアがセルビアに宣戦布告
・同盟国であるオーストリアのためにドイツ参戦
・第一次世界大戦以前に、ドイツの外交は敵だらけだったので、イギリス、ロシア、フランスが敵に。
オーストリアの皇太子の敵討なのに、ドイツ・オーストリアは負けてしまう。。
・国の要人が狙われるなんてよくある話なのに、なんで世界大戦にまで発展したのか、今でも謎である。

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↑わかりやすい図をネットから拝借

ドイツは敗戦して、ものすごい額の借金を背負った。そして軍事縮小。というのが条約で決まった。
地道に借金返済をして、一時はドイツの国際的地位も浮上し始めたけど、

世界大恐慌(今のリーマン・ショックみたいな)により悪化。
借金の延滞を戦勝国にお願いしたら、領土を取られてしまったり、
にっちもさっちもいかなくなってしまったドイツ。

ナチス軍の中でも優秀なヒトラーがどんどん頭角を表し、選挙によって政権を取り
マニュフェストに沿って政治を動かし始めました。
それがこういう内容です。
戦費賠償で喘ぐドイツを再び強国にし、世界一優秀なドイツ人が全世界を支配する。
そのために劣等民族であるユダヤ人、ロマの民、有色人種、共産主義者などを排斥し、純粋なアーリア人の血を守るのだ。

そしてそれを、ドイツ国民も望みました。

まずは条約違反なのに、軍事力を強化し始め、ポーランドに侵攻します。
こうして第二次世界大戦、開戦。
なぜなら第一次世界大戦の負けを取り返すには、もう一度戦争をして勝つしか無いと考えたからです。

最初は順調に領土を拡大して、超仲が悪かったソ連とも条約を交わして仲間になります。(独ソ不可侵条約)
ほぼほぼヨーロッパ全土を掌握して、最後の敵はイギリス!となった時に、
日本が真珠湾攻撃を仕掛けます。
今まで傍観者だったアメリカは、もう黙っているわけにはいきません。
しかしこれを戦時と受け取ったドイツは、ソ連との条約を破棄、ソ連にも戦争を仕掛けていきます。
ドイツは、本気で全世界を支配しようとしたんですね。

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ドイツ、イタリア、日本
VS
イギリス、アメリカ、ソ連、フランス、中国
の構図が出来上がります。

ソ連とイギリスの2面で戦争を仕掛けるドイツはどんどん弱体化し、敗戦が色濃くなり
無条件降伏してしまいます。

日本も中国で戦争を行い、日本本土はアメリカによる空爆を受けます。沖縄は地上戦ですね。
直後、アメリカは核爆弾の製造に成功し、広島・長崎に投下します。
そして日本も終戦を迎え、第二次世界大戦は終焉を迎えます。

戦争の後には、条約がつきもの。ここで敗戦国の行く末が決まります。
ドイツは、国と首都ベルリンが分割統治されます。それがベルリンの壁ですね。
一つの国の中に、資本主義エリアと、社会主義エリアが出来、行き来も禁止されました。

日本はアメリカが新しい仕組みを作っていきました。
それが日本国憲法であり、親米の政府が出来上がります。
分割統治を免れたのは幸運だったと思います。(実は分割統治案がありました)

これが1914年の第一次世界大戦開始から、1945年第二次世界大戦終結までの大まかな流れになります。

ここで抑えておいて欲しいのは、ドイツが第一次世界大戦に負けて、

どうしようもない状況にあったということ。
ドイツを復興させるために、どういう手段を使ったのか。
それをアウシュビッツと、ユダヤ人について その2つを絡めて 次のブログを進めて行こうと思います。

間違えているところもあるかもしれませんが、おおまかな流れとして読んでもらえるとよいかと!
最後まで読んでくれてありがとうございます!

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2014-11-25 | Posted in 14ヶ国目 ポーランドNo Comments » 

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