アウシュビッツ強制収容所を訪ねて② ドイツ立て直しと、ユダヤ人の歴史

リアルタイムはポーランド・クラクフ。
見たものをそのままの想いで届けたい!
ということで2ヶ月分すっとばして、アウシュビッツのことを書きます。
全三回。今日は2日目!
1日目は、第一次世界大戦のおおまかな流れ。こちらから読むのをオススメします!
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第一次世界大戦、敗戦したドイツには巨額の戦争賠償金がつきつけられます。それが1918年。
ナチス軍ヒトラーが1933年に政権を取り、第二次世界大戦を1939年に仕掛けていきます。

ナチス軍下
アウシュビッツ強制収容所はもともと政府に反対したドイツ人や、制圧した国の捕虜などを収容する施設だったそうですが
次第にユダヤ人迫害の流れになって行きました。
「ユダヤ人がいるから私たちの生活が厳しいんだ。ユダヤ人を排除しよう」
というフレーズで、行為を正当化します。
そこにあったのは、罪悪感よりも、復興への期待だったかもしれません。
悪者を作ることで政治的に統一感を出し、また人口を減らすためにユダヤ人を迫害していきます。
多くのユダヤ人がアウシュビッツに連れて来られ、その70%が到着してすぐさまガス室送りになりました。

なんでターゲットはユダヤ人だったのか?
ユダヤ人について説明します。
ユダヤ人とはユダヤ教を信仰する民族で、非常に少数。
その起源はとても古く、
ユダヤ教が初めての一神教で、そこから派生してキリスト教とイスラム教が生まれます。
つまりこの3つの宗教は同じ経典を使ってます。
ちなみにイエス・キリストはユダヤ人、イエス・キリストを殺したユダも、ユダヤ人です。

KingdomsIsraelJudah

 

 

 

 

 

 

このユダ王国というのが、かつてのユダヤ人の国でした。(この地図のイスラエル王国は、関係ない国らしい)

こんなに文化レベルが高いユダヤ人が紀元前に国を追われて、エジプトに捕虜になったりします。(出エジプトや、モーゼが海を真っ二つに割った時のこと)

そこから離散民族になり、各地に散らばっていきます。つまりこの時から彼らに国はありませんでした。

ユダヤ教は非常に戒律が厳しい宗教です。
今は正統派とか世俗派とかいるんですが
格好も、ルールも、信仰も非常に興味深いので、是非ググって調べてみてください。

戒律が厳しいお陰で、離散してもアイデンティティを失うこと無く、
離れていても民族でのネットワークを持つことができたと考えられます。

「国がない」これはユダヤ人を語る上で外せないキーワードだと思います。

「国がない」から自らの頭を鍛え(知識は誰にも奪えないから。彼らは勉学を推奨する民族です)
「国がない」から常に思考を働かせる。どうやったら生きていけるか。
そして
「国がない」から社会的に弱者になる。迫害にあっても誰も後ろ盾になってくれない。

ユダヤ人が金融に強い理由は、「仕事を押し付けられた」ことから始まります
キリスト教徒は、お金を稼ぐのは卑しいことという考えだったらしく、
商売などはユダヤ人に任せたそうです。
日本で言う「士農工商」ですね。商売人は一番下等とされた。(今では違いますけどね)
それと同じ立場だったわけです。
ユダヤ教徒は勤勉ですから、保険や為替のシステムを作っていきました。
わたしたち保険に加盟している大人でさえも、保険の利率がどう増えていくか説明できませんよね。
保険屋さん任せなわけですが
彼らは、家族の教育の中でこのような話ができるわけです。
子どもが保険のしくみを利率まで理解しているようなものなのです。

現在ユダヤ人は世界の人口の0.2%と非常に少数ですが、その彼らが世界の富を握っているのは金融に強く、勤勉だからでしょう。

といっても当時のドイツ系ユダヤ人はそれほど裕福ではなかったようですが
アメリカ系ユダヤ人は富を握り始めていて、戦争をする国々に資金を貸し付けていました。

ヒトラーは、国家は持たないが、徐々に発展していくユダヤ人を「寄生虫」と呼び、
排斥していくことを目標としていきました。

「働けば自由になる」

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ユダヤ人たちは生活品をバッグに詰め込み、貨物車に乗せられてアウシュビッツに連れてこられる。
ヨーロッパ中のユダヤ人です。

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女性と子どもは、働き手にならないのですぐさまガス室に。
男性は、医者により振り分けられ、健康に害があるものはガス室に送られ、働き手は労働に当たったそうです。

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ガス室も入りましたが、写真は撮っていません。↑ガス室外観

ひとつの竈(かまど)に3体ほど重ねあわせて焼いたらしいという説明も受けました。

ドイツ経済が潤っていた頃に建てたれたレンガ作りの収容所。
(第二収容所のビルケナウは木造です、資金難でした)

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今はそこが資料館になっていて、展示がされてます。

カバンの山。
「ちょっと中身を調べるけど、後からちゃんと返すよ。だからカバンに国と名前を書いて」

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靴の山
この靴達が両足とも揃うことはもうないんだろうな

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義足の山
身体の不自由な人は真っ先にガス室だったかもしれません。

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メガネの山

ああ、これを身につけていた人たちは 突然に消されてしまったんだな と思った。

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鍋や食器の山。当然のように、生活が続くと信じていたはず。

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毒ガスとして使われた薬品。

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写真はありませんが、
女性の髪の毛が山積みにされている展示室がありました。
女性の三つ編みが、山のように。
ナチスは、この髪の毛を売って、化学繊維と混ぜて、布を作っていたそうです。
亡くなる前に刈られたのか、亡くなってから刈られたのか 今となってはわかりません。
ナチス軍が撤退した後、もっと大量の髪の毛があったみたいです。
これはほんの一部だったようだけど、すごい量です。6畳間一杯分くらい。

その後ビルケナウへ。
ユダヤ人がどんどん連れて来られので、ナチスは第二収容所を作りました。
木造で、牛小屋のような場所です。

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レンガ作りの暖炉がありました。ポーランドの冬はマイナス20度位になるそうで
暖炉一つじゃきっと足りないよ。。そして木製のベッドたち。

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ここには死の門が。世界遺産なんだそうですね。

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線路の行き着く先はガス室。今は壊されていて、ありません。

第二収容所にはもっと大きなガス室があったそうです。

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第二次世界大戦がドイツの敗戦で終結し、ユダヤ人は動き始めました。
ちなみに、この収容所はソ連軍によって発見され、虐殺が行われていたことが明るみになりました。

ユダヤ人の国を作るために、ユダヤ人の行動が始まります。
国連はこれを承認し、こうしてイスラエルが建国し、そのに住んでいたパレスチナ人が追い出されることとなります。
(詳しくはイギリスの「三枚舌外交」「パレスチナ問題」を調べてみてください。)

そんなわけで、彼らは「自分の国を持つこと」ことにこだわり「自分たちの存在を脅かすものはすべて敵」という認識を持っています。
エルサレムという聖地を奪って建国した彼ら。それを守っていくには並大抵のことではないのです。

アウシュビッツで生き延びた人が、建国後のイスラエル(ユダヤ人の国)に行った時
「ここでは誰も自分たちの自由を侵害することはない」と安堵したそうです。

これが、わたしが見たアウシュビッツと、調べた限りユダヤ人の歩んできた道です。
このブログで、何か感じてもらえたらと思います。
もし、これがユダヤ人じゃなくて、日本人だったら?と入れ替えてみたら、また違う感想になるかもしれません。

次回、中谷さんのガイドと、わたしの感想を綴りたいと思います。

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2014-11-25 | Posted in 14ヶ国目 ポーランドNo Comments » 

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